フードホルミシス(Food Hormesis)

2015年4月に兵庫県立大学へ異動し、研究室を「フードホルミシス研究室」と命名しました。

 

これは私が作った造語です。

 

ホルミシスとは「たとえば、ある化学物質が大量に投与された時は有害な作用を示しても、低濃度あるいは微量であれば逆に有益な作用を示す現象」を指します。

 

化学物質に限らず、紫外線などの物理的刺激や微生物などの生物学的刺激も含みます。

 

たとえば、海へ行って適度に日焼けすれば皮膚は強くなりますが、焼き過ぎると皮がめくれる現象を思い出せばイメージしやすいのではないでしょうか?

 

ではなぜ「フード」ホルミシスなのでしょう?

 

それについて考える前に、私たちにとって「体に良い物質」とはどんなものがあるでしょうか?

 

炭水化物、タンパク質、脂肪、ビタミン類、ミネラル類などが頭に浮かぶかも知れません。

 

それらに加え、ポリフェノールなどの機能性成分の効果についてご存じの方も多いではないでしょうか?

 

体脂肪を減らす、あるいは動脈硬化を予防する効果などがあるとされている物質群でこれらは「ファイトケミカル(phytochemical)」と総称されています(「phyto-」は「植物の」という意)。

 

ファイトケミカルが健康に良いのであれば、大量に摂った方が良いのでしょうか?

 

そうではありません。

 

たとえば野菜を食べる場合を考えてみましょう。

 

野菜を口に入れて咀嚼し、食道へ送った後、私たちの消化器官は野菜に含まれる栄養素をちゃんと認識し、積極的に吸収し、全身へ分配しようとします。

 

それとは対照的に、野菜の中のファイトケミカルはほとんどが吸収されることなく消化管を素通りし、ごくわずかな量が血中へ吸収されたとしても、すぐに尿として排出されるような構造へ代謝します。

 

つまり、私たちの体はファイトケミカルを拒否しています。

 

ではなぜ、こうした物質群が健康効果を示すのでしょうか!?

 

まだまだ謎は多いですが、私が一つ重要だと考えるのは、ファイトケミカルが異物(軽い毒)であるがゆえに体(=細胞)に対して様々なストレスを与えているという事実です。

 

詳細はここでは説明しませんが、こうしたストレスが適度であれば、それに対する防御機構が強化され、「ストレスに強い体(=細胞)」になります。

 

この仮説は正にホルミシスに合致します。

 

ファイトケミカルによるホルミシス効果を研究するという意味で当初は「ファイトケミカルホルミシス研究室」と呼ぶことも考えたのですが、長すぎますので単に「フードホルミシス」にしました。

 

このような背景から、本研究室ではファイトケミカルによる様々なストレス応答について詳細に解析することで「異物であるファイトケミカルがなぜ健康効果を示すのか」という点について解明することを目的としています。

 

(2019年8月7日)

 

 

研究目的

 

機能性食品因子は薬と違って、最初は作用メカニズムが不明なケースがほとんどです。従って、それらを投与した場合に起こる遺伝子やタンパク質の変化を解析することでメカニズムの解明を図る研究が盛んに行われています。

 

もちろん、そのような研究は重要で私たちも行っています。

 

しかし、現在、私が最も興味があるのは、別の意味での「なぜ効くのか?」という点です。

 

機能性成分の多くは植物由来ですが、これらは「植物が自らのために生合成している化学物質」と言えます(生存に必須でないことから二次代謝産物と呼ばれます)。

 

植物はこれらの物質を生合成する上でヒトの健康など微塵も視野に入れていませんが、結果として何らかの作用を示すケースが多い事実は何を意味しているのでしょうか。

 

植物は動物と違って基本的に動けませんから、合成する化学物質の質や量を変化させることで環境ストレスから身を守っています。具体的なストレッサーとして、たとえば、強い紫外線、食害する動物や昆虫、侵入する微生物などがあるでしょう。

 

こうしたストレスに適応、あるいは打破する目的で音もなくひっそりと作られた物質が植物自身や微生物などに効果があることは理解できますが、なぜヒトの健康にまで影響を及ぼすのでしょうか。

 

また、一般の方はあまりご存じないでしょうが、炭水化物、タンパク質、脂質などの必須栄養素と違って、植物由来の機能性物質の多くはヒトにとって「異物(弱い毒物)」と認識されています。

 

事実、植物の二次代謝産物が動物の体内に送り込まれたとき、以下の機構が活性化することが知られています。

 

1)異物解毒および排除機構

2)抗酸化機構

 

こうした防御システムの活性化は食品因子の機能性発現機構に深く関与することが知られています。有名な例はブロッコリー成分のスルフォラファンという物質です。スルフォラファンには「デトックス効果」があると言われており、いかにも健康に良さそうなイメージです。

 

しかし現実は、体にとっては不要であるために上記の異物排除機構が活性化されるのです。その「ついで」に他の異物、例えば発がん物質なども除去されるために、体に良いと言われているのです。

 

つまり、「食用可能な異物(=弱毒)を摂取することで強毒への備えを強化する」という原則が働いていると解釈できます。

 

私たちは最近、上記1,2)に加えて、一部の機能性成分によって

 

3)タンパク質品質管理機構

 の活性化が起こることを見出しました(BBRC/PoLS ONE, 2013)。これは機能性食品成分が生体タンパク質に対して異物として機能するがために「タンパク質ストレス(proteo-stress)」を与えることが引き金となっています(詳しくは「Results」に記載)。

 

上記1-3)(他にもあるかも知れません)のような生体防御機構が機能性を示す本質的な理由であれば、「なぜ効くのか?」という命題に対する一つの答えになるではないでしょうか。

 

「なぜ効くのか?」は極めて素朴な疑問ですが、私が知る限り、誰も明確な答えを出していません。ですから、私たちは、機能性成分の作用機構として、上記1-3)がどれくらい重要なのかを究明することを研究目的にしています。

 

08/08/14大幅加筆修正)

 

■以前の研究概要

 

(専門的な内容は原著論文をご参照ください。ここでは、誰もが理解できるような記載に留めたつもりです)

 

私たちが日頃摂取している食品は、疾病予防や健康増進に対して何らかの重要な作用を持っています。しかし、どんな食材あるいはその成分を、どれだけ摂れば、どれくらいの効果があるのか、という具体的な問いに対する答えは明確ではありません。また、最も大切な問題である、「なぜ効果があるのか?」という点については、ほとんど解明されていないと言っても過言ではないでしょう。

 

そうした現状を踏まえ、約20年間、私たちは「食品成分による発がん予防研究」を軸として、基礎的な研究に従事してきました。

 

食品機能性の研究には様々な側面があり、一括りのアプローチではおのずと限界が見えてきます。つまり、たとえば野菜成分を例に挙げると、畑に種をまく、栽培する、調理する、摂取する、成分が吸収代謝を受ける、などのステップがあります。また、機能性があったとして、それが認められた理由が科学的に解明されなければ応用することは困難です。すなわち、上記の1つ1つの段階で機能性研究に係る課題が発生します。

 

このような状況に対応すべく、共同研究の輪を広げつつも「できる限り自分たちの手で解決する」というポリシーの下、研究課題やそれに必要な実験手法の幅を広げてきました。

 

それらの研究課題を分類すると以下のようになります。

 

・どのような実験方法で機能性を評価するのか? 

 

より生体内(in vivo)に近い培養細胞試験系として、炎症細胞から産生される活性酸素の変異原性を共培養でモニターできる系や小腸上皮のモデルである分化Caco-2細胞の処理培地を用いることによって食品因子の代謝・吸収効率が反映できる新規機能評価系を構築しました。

 

 実験手法:細胞生化学など

 

・どんな食素材が有望か? 

 

独特な味や香りを示す東南アジアの食材に着目し、500種以上の試料について、発がん予防効果や抗酸化効果の評価を行いました。その結果、これらの食素材が日本産のものに比べ極めて有望であることを見出し、含まれる活性成分を化学的に明らかにしてきました。また、それらの構造活性相関やより活性の高いアナログ化合物の調製も行っています。

 

 実験手法:天然物化学、有機化学など

 

・実際に生体内で生理機能があるのか? 

 

主に炎症を背景とする動物モデルでの機能性評価(発がん、大腸炎、関節リウマチなど)を行い、食品成分であっても合成薬剤よりも高い活性を示す例があることをいくつか報告しました。

 

 実験手法:栄養化学など

 

・なぜ効果があるのか?

 

作用機構の解析に関しては、主に酸化ストレス保護作用や生体防御機構に着目しています。また、炎症や発がんに関連するタンパク質の多くが、転写、転写後、翻訳、翻訳後などの多段階で制御されていることに着目し、食品因子がどの段階で作用しているのかを分子レベルで究明しています。最近、食品因子が直接的に結合する標的分子の研究にも着手しました。

 

 実験手法:細胞生化学、分子生物学、有機化学、免疫化学など

 

・食べた後、活性成分はどのような変化を受けるのか?

 

食品因子は体内へ入った後、さまざまな変化を受けます。私たちが見出した新規の発がん抑制物質について、モデル細胞系や実験動物における代謝・吸収経路を究明するとともに、代謝を通して活性がどのように変化するのかを解析しています。これまでにクマリン類やポリメトキシフラボノイド類の代謝について主に検討してきました。

 

 実験手法:細胞生化学、分析化学、天然物化学など

 

・機能性成分に害作用はないのか

・どんな場合に相乗効果が期待できるのか

 

「食品成分だから安心だ。副作用はない」というのは誤解です。一般的な摂取条件では問題ないケースがほとんどですが、サプリメントに代表される、非日常的な摂取様式が普及した今日、その逆作用や副作用を検索することは機能性評価と並行して行われるべきです。また、食品成分間や合成薬剤との相互作用に関しても検討しています。

 

 実験手法:細胞生化学、栄養化学

 

01/20/09)

学問小話(研究紹介)

プレスリリース資料(09/13/2023)

プレス配布資料確定版.pdf
PDFファイル 1.5 MB
研究紹介
(公財)浦上食品・食文化振興財団設立30周年記念誌より抜粋(許可を得て掲載)
浦上財団2016.pdf
PDFファイル 2.6 MB
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